<ブルガリ>Kento NAKAJIMA 進化を続ける表現者のネクストステージ。
中島健人は、稀有なアーティストだ。ごく自然に放たれる王道のアイドル性と、真摯に自身と向き合ったセルフプロデュース力。そのハーモニーは、30代に突入し、成熟味を醸し出している。
甘く気品のあるビジュアルとロマンティックな表現力を、今回のL’OFFICIEL JAPAN初登場でも遺憾無く発揮してくれた。近年はソロ活動を通じて、より内省的でアーティスティックな世界観を拡張。アーティストとしての“スター性”を強く宿しつつも、チャーミングさを忘れない。日本的な繊細さとグローバル志向の感覚を横断する彼の、“今”に迫った。
蠱惑的な眼差しは常に前に向けられ、未来を切り開いてきた。アイドルとして、 アーティストとして。歩んできた軌跡は、まさに序破急を思わせる。更なる進化の先にあるものとは。
カメラの前に立った中島健人は、普段目にする華やかなアイドルのイメージを覆し、その姿は成熟した男そのものだった。鍛えられた身体やたくましい骨格からは内なる強さがにじみ出る。いま32歳となり、視線の先にある理想とする大人とはどのようなものか。
「目標や夢を抱いている人はとてもたくましく、大人に見えます。もちろん目の前のことを見つめて、それに挑戦していく生き方もいいのですが、やっぱり中期や長期的に考えることで、そこに至るまでのプロセスが組み立てられるし、ゴールにたどり着いた時もどういう道のりを歩んできたのかが分かる分、達成感もあると思うんですよ。そんな姿勢が余裕を感じさせ、周囲にも安心や信頼感を与えるでしょう。自分が憧れを抱くのはそんな大人ですね」
一歩でもそこに近づくように。所属グループを卒業し、自身の道を歩み始めた。その転機に訪れたのがブルガリのアンバサダー就任だった。
「以前からつけていたブランドだったので、そのご縁が結ばれたというか。アンバサダーになり、ようやく僕が表現者としてブルガリにふさわしいステージに立てたことを実感しました。先日来日したアン・ハサウェイさんにお会いしたんです。そしたら”私たち、〈ブルガリ〉ファミリーね”って言ってくださったんです。その瞬間、すごく感動しちゃって。グローバルでインターナショナルな繋がりを感じたし、僕も愛用するビー・ゼロワンのアクセサリーを彼女も着けていて、翌朝には本人のSNSのリールに僕の楽曲を使ってくれたんです。それはファミリーならではの愛情であり、ブルガリファミリーの強い絆を感じましたね」
ブルガリとの出会いは10代後半、まだラグジュアリーブランドは縁遠かったが、それでも目を引いたのがセーブ・ザ・チルドレンとのパートナーシップだった。弱い立場にある子どもたちへの支援の取り組みに、自分が本業以外にも誰かのための力になれるのかもしれない、なるべきだと思ったという。そこでコラボレーションしたリングを初めてのブルガリとして手にしたのだった。
「自分にとって意味があるものを僕は身につけていたいし、逆に意味がないものは身につけないようにしています。ブルガリのリングはこのことを教えてくれましたし、僕にとってはお守りなんです。ステージや大きなイベントに挑む際には必ず身につけ、気持ちをかき立ててくれるパワーアイテムです。だからこそブルガリとの巡り合いは、自分にとって大きな自信になっていると感じます」
ソロとして活動を始め、何よりも周囲に支えられてきたことをより強く実感したという。そのなかで積み重ねてきたものが成熟してきたと同時に、自分のロールモデルも転換点を迎えていると言葉を続ける。
「これまでのように誰かを追い求めるというよりも、自分自身が本当に目指す場所に到達して、そこで自分らしさを発揮すること。それこそが目標であり、そうすることでむしろ誰かの憧れのリソースになれるのではないのかと感じています」
最近は伝記をよく読むという。それは歴史上の人物に学ぶため。とくに惹かれるのが幕末維新の時代だ。
「先日ドラマで岡田以蔵の役を演じ、彼は幕末を乗り越えられなかったのですが、対立する新選組、長州や薩摩でも時代を生き抜いた人はやっぱりすごいと思うんですよ。激動の中、新しい日本の近代国家を作り上げた。もしかしたら自分も今、時代の転換点にいて、生き抜く上で幕末維新の生き方は参考になるのかもしれません。江戸から伝わる文化と同時に西洋文化が入り交じり、散っていく美学も感じます。自分は新しいことを作っていくタイプなので、散りゆく美しさも憧れるのですが、当時を生きていたらたぶん生き抜く選択をすると思います」
その言葉には、時代とともに現代のアイドルがそれぞれの個性を発揮する表現者に変わっていくなか、正統派アイドルとして脈々と続く伝統や文化を守り、次世代に継承していく決意すら感じさせる。
「そうですね。自分は1アイドル、1アーティストですけど、伝統を守っていくというのは結構大切なことで、崩すのではなく、さらに進化させる。そういう思いから自分のライブにはジュニアも出演してもらいますし、楽曲を提供することで、若い彼らがまだ見たことのない景色を少しでも見せてあげたい。僕自身、先輩の背中を見て、いつ自分は抜けるのかといつも思っていました。アイドルというのは本当に厳しい競争社会で、その群雄割拠の中で自分自身が前に出る気持ちがないと生き残れません。ある種、ずっと戦乱のような気がしていて、いかに力強く生き抜いていくのかは事務所に入所した14歳の頃から考えていました」
いまやアイドルや俳優であるばかりか、音楽製作や振り付け、構成にも関わり、クリエイティブのベクトルはさらに広がる。海外にも広がる活動の今後のビジョンについて尋ねると即答した。
「東京ドームに立つことがまずその1つです。全国をツアーで回っていると応援してくださっている方々の愛情を強く感じます。その人たちにしっかり恩返ししたいし、そのためにも桧舞台である東京ドームに立たないわけにはいかないんです。よく将来の夢について聞かれると、最強の男になりたいって言うんですよ。我ながら単純だと思うけれど、そうなった暁には景色も変わるし、周りも幸せにできたらいいなと思います」
多くのアイドルがグループを組むのに対し、中島のようなソロという存在は珍しい。それは自身が思い描いた理想の姿だろう。約2時間ものステージに一人で立ち向かうプレッシャーは計り知れない。だがそれを跳ね返すだけの強さがある。中島健人はやはり最強の男だ。
