河边求贤
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中山国是战国时期(公元前476年-前222年)的一个小诸侯国(在今河北定县一带),其国君为了使自己国家富强起来,不再受燕赵等大国的欺凌,决定要广招贤士。 紀元前の戦国時代に、いまの河北省定県一帯に中山国という小諸侯国があった。自国の富強をはかり、ふたたび燕や趙などの大国のあなどりを受けないようにするために、中山国の君主は広く天下に賢人を求めることにした。 消息传出后,许多有才干的人都跑到中山国,要求见国君,陈说自己的一套富国强民的办法。奇怪的是,中山国国君却不肯接见这些人。他要大臣们和自己坐上车,去往河边访求垂钓的人。大臣们迷惑不解,就壮着胆问国君为什么要这样做。 消息が伝わると大勢の人が君主に会って自分の案を話したいと押しかけてきたが、なぜか中山国の君主は誰にも会おうとせず、大臣たちをひきつれて車に乗り、釣りをしている人物を訪ねに川岸へ向かった。わけが分らなくなった大臣が思い切ってきくと、君主はこういった。 中山国国君说:“你们知道周武王为什么能够消灭商纣、建立周朝呢?因为他的父亲为他访求到一位贤臣,这位贤臣就是坐在渭水河边垂钓的姜子牙。因此,我想凡是贤臣都会坐在河边等国君访求的。” 「周の武王が、商紂王を滅して周朝を建てることができたのはなぜか?武王の父が、武王のために賢臣を求めたからだ。この賢臣というのは、渭水のほとりで釣糸を垂れていた姜子牙だ。それで、およそ賢臣というほどのものは、川岸で君主が訪ねてくるのを待っているものだと思うからだ」
发布于 四川
