yamoli
26-05-26 14:25

日本川岛隆太教授《脳を鍛える!》翻译(04)また、蓄えた情報や知識を組み合わせて判断し、応用する能力は、じつは60代から 80代にピークを迎えるのです。
还有,整合已经储存的信息和知识,其判断和应用的能力实际上是从60岁到80岁才迎来高峰。

脳の機能という視点に立ってみると、加速度的に機能が落ちていく「もう60代半ば」 であり、同時にピークを迎えていない「まだ60代半ば」でもあるわけです。
从大脑机能这一视点来看,“60过半”时大脑机能已经在加速衰落,同时“60过半”也还没有达到(判断和应用能力的)顶峰。

室町時代の申楽師、世阿弥が記した能の理論書『風姿花伝』には、「時分の花」「まことの花」という言が出てきます。「時分の花」は若者の躍動感や体力を指す言葉です。 少年少女のこぼれるような愛らしさ、青年から放たれる生命力。若さにしかない輝きです。
室町时代的申乐师、世阿弥在记录能力的理论书《风姿花传》中提出了“时令花”和“永恒花”这种说法。“时令花”是指年轻人的跃动感及体力的语言。是指少男少女们流溢出来的爱和年轻人释放出来的生命力。只有年轻人才拥有的耀眼的光彩。

一方の「まことの花」は、若さや美しさを失ったのちも、芸を磨き、精進を重ねた者だけが手にするもので、知恵や知識、技術の結晶です。時分の花が枯れてしまっても、たゆまぬ努力を続けていれば、また違う花が咲く。まことの花は生涯失われることはありません。
而“永恒花”是指在失去鲜嫩和美丽之后,经过艺术磨练,其才能才螺旋上升,实现智慧与知识、技术结晶,最终达到这种状态。“时令花”即便已衰败,但经过不懈的努力,然后再展现出异样的花。“永恒花”不会结束它的生涯。

世阿弥は「時分の花」と「まことの花」の間に優劣をつけていません。そして、時分の花は誰もが手にしているが、年月とともに時分の花は失われていく。それでも努力を続け、新しい知恵や知識、技術を得ること。努力を続けて「まことの花」を咲かせることの大切さを説いています。
世阿弥这么说,“时令花”和“永恒花”之间没有什么优劣之分。谁都可以弄到“时令花”。但是随着岁月的流失“时令花”就会消失。之后经过继续努力,再获得新的智慧和知识、技术,就可以盛开“永恒花”。

发布于 日本