《海辺のカフカ》摘译49章(8)
「サダさんはずっとサーファーをやっているんですか?」と僕はたずねる。
“萨达你一直在做冲浪吗?”我问道。
「そうだな」と彼は言う。沈黙がつづく。僕がその質問をしたことを忘れたころになって答えがやっと帰ってくる。
“是的。”他说。继续沉默。等到我将把刚提出的问题要忘掉的时候,突然回答,又把我引导回来。
「サーフィンは高校時代からやっていたよ。ほんの遊びでね。真剣にやるようになったのは6年くらい前だ。東京で大きな広告代理店に勤めている、仕事がつまらなくてやめて、こっちに帰ってきて、サーフィンをやりだしたんだ。貯金を使って、親に借金をして、サーフショップをはじめた。一人だから、まずまず好きなことができる」
“从高中的时候就开始玩冲浪。那只是玩玩而已。真正做起来那是6年前的事情。在东京的巨大的广告代理店工作。因工作不顺,就回到这里,做起了冲浪。使用储蓄金,从父母那里借钱,开始了冲浪。就一个人,逐渐喜欢上。”
「四国に戻りたかったんですか?」
“曾喜欢回四国吗?”
「それもある」と彼は言う、「すぐ近くに海があって山がないとどうも気持ちがおちつかないんだ。人間というのは、もちろんある程度まではということだけど、生まれて育った場所に決定されてしまうところがある。考えがたや感じかたがおそらくは地形や温度や風向きと連動しているんだな。君はそこで生まれた?」
“也有那种想法。”他说。“在附近若有海,而没有山的话,那心情就很不舒畅。人这种东西,怎么说呢?从一定程度上讲,有的是被出生和培养的环境条件决定的。比如思考方法、感觉方式恐怕与地形、温度、风向等有关联。你是在哪里出生的?”
「東京です、中野区野方」
“东京。中野区野方。”
「中野区に戻りたい?」
“想回中野区吗?”
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