aglioeolio83groove
24-08-07 04:23

「彼がいなかったら僕の今のバレーはない」高橋藍が恩師に感謝の涙 海外挑戦のきっかけにも
報知新聞社2024年8月6日 5時0分

◆パリ五輪 第11日 ▽バレーボール男子準々決勝 日本2―3イタリア(5日、パリ南アリーナ)
 男子準々決勝が5日に行われ、世界ランク6位の日本は同2位のイタリアに2―3で逆転負け。52年ぶりの金メダルの夢は破れた。マッチポイントを4回奪いながらの大逆転負けに、エースの高橋藍(22)=サントリー大阪=も涙。4年後のロサンゼルス五輪は、勝たせる選手としてチームをけん引する決意を示した。西田有志(24)=大阪ブルテオン=は、当面の代表離脱を示唆した。
 敗戦後、藍は両手を腰に置き、目に涙をためた。世界ランク2位のイタリア相手に、計4度握ったマッチポイント。あと1点が遠く、最終セットは15―16から、日本のスパイクレシーブが浮いたところを押し込まれた。「純粋に悔しかった。最後もう1点を取りきるところで隙ができてしまった」。2度目の五輪挑戦が終わった。
 一発勝負の準々決勝。1次リーグで状態が上がらなかった主将の石川が奮起した。最年少19歳で初出場した東京五輪から、対角を組んできた藍は「ユウキさんが戻ってくる」と誰よりも信じていた。呼応するように、第4Sの20―20からはエース、最終Sも3―4からスパイクを打ち込む。それでも届かなかった4強。「自分のプレーに何も満足していない」と、受け止めた。
 試合後、今大会限りで退任するブラン監督から「ごめん。俺が勝たせることができなかった」と言われた。20年、当時代表コーチだったブラン氏は、京都・東山高3年だった藍の守備を買って代表に抜てき。東京五輪後は、世界最高峰のリーグ、イタリア1部セリエAへの挑戦の背中を押した。「ブラン監督と一緒に、五輪を取りたかった」。偽りない本音だった。
 挑戦は、28年ロサンゼルス五輪へ続く。「相手も、1点を取られないために死にものぐるいでやってくる」と五輪ならではの難しさを痛感。その中で「チームを勝たせられる存在になって、帰ってきたい」と誓いを込めた。日本のエースへ成長すべく、4年の努力を積み重ねる。(大谷 翔太)

⬇️【机翻】⬇️

「如果没有他,就没有我现在的排球」高桥蓝因感恩恩师而落泪,也成为他挑战海外的契机

报知新闻社 2024年8月6日 5时0分

◆巴黎奥运会 第11天 ▽男子排球四分之一决赛 日本2-3意大利(5日,巴黎南部竞技场)
5日,男子四分之一决赛举行,世界排名第6的日本以2-3被世界排名第2的意大利逆转击败,52年来夺金梦破碎。尽管在比赛中4次拿到赛点,但最终仍以大逆转告负,主将高桥蓝(22岁,效力于大阪三得利)也流下了眼泪。他表示,四年后的洛杉矶奥运会,他将以带领球队取胜为目标。西田有志(24岁,效力于大阪蓝鹰)则暗示暂时离开国家队。

比赛失利后,高桥蓝双手叉腰,眼中含泪。面对世界排名第2的意大利,尽管4次拿到赛点,但离胜利仍差一分。最终一局在15-16时,日本队的扣球被接起,导致失分。高桥蓝说:“真的很不甘心,在最后拿分的关键时刻出现了漏洞。”这也是他第二次奥运征程的终结。

在一场定胜负的四分之一决赛中,尽管在小组赛状态不佳的队长石川表现出色。自从东京奥运会以最年轻19岁的年龄首次出战以来,一直和石川搭档的高桥蓝说:“我一直相信石川会回来。”响应石川的表现,高桥在第四局20-20时发力,在最后一局3-4时也连续扣球,但仍未能进入四强。赛后他说:“对自己的表现完全不满意。”

比赛结束后,将在本次比赛后卸任的布朗教练对他说:“对不起,我没能让你们获胜。”2020年,当时还是国家队教练的布朗看中高桥蓝在京都东山高中的防守能力,将他选入国家队。在东京奥运会后,布朗鼓励他挑战世界顶级联赛——意大利甲级联赛。“我真的想和布朗教练一起夺得奥运金牌。”这是他内心真实的想法。

挑战将延续到2028年洛杉矶奥运会。高桥蓝感叹奥运会的艰难:“对手也会拼尽全力不让我们得分。”他誓言:“要成为能带领球队取胜的人,重新回到这里。”为成长为日本的主将,他将继续努力四年。(大谷 翔太)

发布于 法国